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祖父 |
略歴と沿革 |
1940年頃か? |
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1884(明治17).10 現飯能市大字小瀬戸415(字野口)に生まれた。 野口家は戦国武士ゆかりの旧家で、小瀬戸村の庄屋もしていたらしい。 過去帳では16代前まで遡れるが、幕末頃の当主は失踪したという。 独身のまま行方不明となったので、血の繋がりのある係累が探されて、 青梅で開業医をしていた坂本養賢一家が、家族養子で野口家を継いだ。 この坂本改め野口養賢の子竹三郎を父に、次男として生まれたのが、 祖父の野口門次郎である。 1913(大正2)5 八王子の山本トリと結婚。小瀬戸192(字道下)に分家。 1925(大正14)4 1男2女を生んだ妻トリが死亡。 1926(大正15)6 下名栗の佐野キクと再婚。 1929(昭和4)4 兄歌蔵の蚕種生産/成能園の販売所として、現在地 当時の一丁目204に野菜種子販売を併せた野口種苗園を創業した。 1948(昭和23)10 63才で死去。 |
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父 |
略歴と沿革 |
1950年頃(上)と1960年頃(下) |
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1914(大正3).6 小瀬戸192に門次郎の長男として生まれる。 1929(昭和4)4〜 羽村の成進社と本家の成能園で養蚕技術を学ぶ。 1932(昭和7)〜 この頃より西条八十主宰の詩誌『鑞人形』投稿同人となる。 1937(昭和12)〜 召集。近衛歩兵4連隊入隊。中国広州地方を転戦。 1941(昭和16) 除隊帰国後、川越養蚕業組合技師として勤務。 1943(昭和18)飯能町久須美の山川芳江と結婚。(1男2女誕生) 1844(昭和19) 青梅の軍需工場小峰精機に労務主任として勤務。 1945(昭和20) 再度召集を受けるも終戦。家業の野口種苗園に入る。 1946(昭和21)〜 食糧難で種子需要は多いが、配給の粗悪種子に悩む。 1949(昭和24) 仲間と語らい月刊『飯能文化』創刊。編集を担当。 1955(昭和30) 発芽試験器で実用新案取得。野口種苗研究所と改名。 1957(昭和32) みやま小かぶが原種コンクールで初の農林大臣賞受賞。 1963(昭和38) 著書「花詩集」野ばら社より出版。(筆名/野口家嗣) 飯能一丁目町内会会長、市文化協会会長。青色申告会会長など歴任。 現在、小瀬戸の自宅で作詞(童謡・民謡)三昧の実質隠居生活中。 |
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私 |
略歴と沿革 |
2000年頃(上)と現在 |
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1944(昭和19)7 青梅151に、庄治の長男として誕生。(父の再招集で程なく郷里飯能に移住) |
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〒357-0067 埼玉県飯能市小瀬戸192-1 野口のタネ/野口種苗研究所 野口
勲(ホームページ担当者)
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