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「野菜の種、いまむかし」

第五回「ナスの話」

掲載誌『野菜だより』2009/春号/P90,91
2009.2.16/学習研究社刊 \920.(税込)

 家庭菜園でおなじみのナスは、インド原産の熱帯野菜です。日本には中国や韓国を通じて、有史以前に伝来しました。
 古代木簡研究家の久保功氏によると、長屋王家から出土した711〜717年の木簡に、韓奈須比(からなすび)の粕漬を邸内で加工していた記録が残っているそうですから、奈良時代の初期から、ナスの漬物が日本で食べられていたわけです。
 煮る、蒸す、焼く、揚げる、炒める、漬ける、それに生食まで、これほど多様な調理法でナスを食べる民族は日本人だけでしょう。(海外ではアクの強いナスが多いためか、ほとんどが揚げるか炒める調理法だそうです)
 現在、私の店で扱っているナスの固定種だけでも、東北には漬物用が多く、小ナスの「民田」や「仙台長」、関東では長卵型標準タイプの「真黒(しんくろ)」とか奈良漬用の「埼玉青大丸」、新潟では蒸しナス用の「長岡巾着」や浅漬用の「えんぴつ」、「梨(黒十全)ナス」、北陸の標準型「立石中長」に「十全一口水」、京都の煮物用「加茂大丸」、大阪の漬物用「泉州絹皮水」、九州は煮物用「久留米長」や「長崎長」などの大長ナスが主流ですが、淡緑色の「薩摩白長」や「白丸」もあり、全国各地色も形も実に様々です。
 ナスは、自分の雄しべの花粉で同じ雌しべが受粉する、自殖性の植物ですから、自然では異品種とほとんど交雑しません。地域の気候風土の差や食文化の違いが、長い間かかってこんな多様性を生み出したのです。

 ナスは一般に多肥を好むと言われていますが、こうした固定種を自家採種しながら育てると、無肥料でもたくましく育ちます。初期生育は遅いですが、深く根を張ると、切り戻しなどしなくても秋遅くまで成り続け、連作障害も起こしません。連作障害と言うのは、たぶん肥料障害なのでしょう。試みに無肥料栽培で育った「真黒茄子」を二つ割りして放置しておいたところ、いつまで経っても果肉は白いままで腐らず、水分だけが抜けて朽ちていく中で、種だけが追熟して褐色に変化していきました。
「野菜は、自分の子孫を作るために生きているんだなあ」と深く感じ入りました。
 交配種の時代になって、自家採種する人がいなくなり、ナス苗はすべて種苗会社が販売しているF1を購入して植える時代になったわけですが、世界最初のF1野菜こそ、日本のナスでした。大正13(1924)年、埼玉県農事試験場の柿崎技師によって、埼玉の「真黒茄子」と「巾着茄子」をかけ合わせた一代雑種(F1)「埼交茄子」が誕生したのです。「巾着茄子」というのは、新潟の「長岡巾着」のような普通の黒紫色のナスでなく、埼玉で一般に「巾着茄子」と呼ばれていた緑色の「埼玉青大丸茄子」のことでしょう。
 生き物は、血が遠く離れているほど雑種強勢という力が働き、成長が早く、大きく、たくさんの実を付けます。明治以後に東南アジアから渡来したと思われる埼玉の「巾着茄子」は、東京市場向けの日本ナスである「真黒茄子」とは系統がかけ離れているため、雑種強勢が大きく働いて樹勢も収量も増大し、全国の農業技師たちを刺激しました。そして日本中の農業技師の手によって、以後トマト、スイカ、キュウリなど果菜類のF1が次々に生み出されました。
 技術者の話では、F1の母親には形状の異なる品種を使い、父親に伝統品種を用いるのが多いそうです。異品種の母親から生まれた子が、父親譲りの伝統的な姿をしていれば、交配が成功したことがすぐわかるからです。つまり、最初のF1「埼交茄子」は、母親が「埼玉青大丸茄子」で、父親が「真黒茄子」だっだったのでしょう。
 しかし、私たち日本人が食べる野菜がすべてF1に変わっていくのは、戦後のことです。農事試験場で生まれたF1は、営業活動と直結していませんから、それほど広まりませんでした。昭和10年の祖父の仕入帳を見ても、販売していたナスの種は、「真黒」、「巾着」以外は、九州の長ナスである「佐土原茄子」ぐらいで、戦前の全国各地のナスは、各地の調理法に合った固定種だったのです。
 今、全国で最も作られているナスは、F1の「千両二号」です。各地の固定種ナスを交雑して育種した異なる両親を育て、毎年母親株の雄しべを蕾のうちに取り除いて、父親株の花粉を付けて採種しています。大消費地の東京市場向けに昭和38(1963)年に完成したという古い品種で、「こんな長持ちするF1を作りやがってと、モデルチェンジしたい経営陣に開発者がうらまれているそうだ」という噂話さえ流れています。当時は国内採種でしたが、現在はインドで採種されています。ナスの原産国ですから、採種環境として適しているのでしょう。

 種屋の間で話題の一番新しいナスは、「あのみのり」と言う単為結果ナスです。
 単為結果というのは、雄しべの花粉が雌しべに着かなくても実ができてしまう性質で、キュウリにはよくありますが、最近はトマトでも生まれています。
 元来ナスは、受精して種ができると、種からオーキシンという成長ホルモンが出て実を太らせます。低温期には花粉の活力が低下して受精できないため、石ナスという硬くて小さい実になってしまいます。夏野菜のナスを冬や春に出荷するには、ハウスの中でジベレリンというホルモン剤を使ってむりやり着果させなくてはなりません。これが農家には大変な手間なのです。そこで種ができなくても実が太る「あのみのり」が生まれました。
 単為結果性は、ヨーロッパの「タリナ」というヘタが緑色で毛が多いナスから取り込んだそうです。夏などは正常に花粉ができてしまうため、現在は種なし率が一〇〇%ではないので、母親を花粉が出ない雄性不稔にし、一年中種なしナスになるようその後も改良中だそうです。
 子孫を作れない哀れなナスよ。お前もか。[2009.1.20記]


追記
掲載誌『野菜だより』のバックナンバーが入手できないという声をいただいたので、ここに再録します。
現在も書店で入手できる号は掲載しませんので、お近くの書店でお買い求めください。
(2009.3.25)

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