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『Hf』連載「家庭菜園は固定種がいい」

『Hf(Horticulture & flower)』
という園芸ビジネス専門誌に
依頼されて書いた原稿です。
旧号の分を掲載します。

『Hf』は(有)ケーアイエス発行の定期購読のみの季刊誌。
年間購読料は4,500円(送料込み)。

 第一回(通巻12号=2011年3月号=掲載)

 ●F1の量と固定種の質
 現在、種苗店や園芸店、ホームセンターなどで販売されている野菜のタネは、そのほとんどがF1=first filial generation=です。F1とは、一代雑種(種苗業界用語では一代交配種)の略で、文字通り一代限りの雑種(英語ではハイブリッド=hybrid)です。遺伝的に遠縁の系統をかけあわせて作られた雑種は、もとの両親より生育が早くなったり、大柄になったり、収量が多くなったりすることがあり、この現象を「雑種強勢(ヘテロシス=heterosis)」と言います。「雑種強勢」が働くよう、雑種にされて販売されているタネがF1で、F1種の登場により、日本の野菜生産量は増加しました。雑種化する前の昔のタネ(これが固定種です。F1の両親が、遠縁の二系統なのに対し、両親とも同じ単一の系統なので、タネ屋の業界では「単種」と言うこともあります)からF1への変化は、生産性の向上という点で画期的な出来事でした。
 固定種時代の「日本法蓮草」は、九月彼岸頃にトゲのある三角形のタネを水に浸けてまいてからおよそ三ヶ月かかって育ち、お正月頃に食べる冬野菜でした。根が赤くて甘く、生食できるほどアクがなくておいしいのですが、葉は薄く切れ葉でボリュームがなく、寒くなると地面に張り付くように広がって、収穫に手間のかかる野菜でした。それに比べると東洋種と西洋種の雑種であるF1ホウレンソウは、春や夏も周年まけて、わずか一ヶ月で出荷できる大きさに育ち、丸い葉は厚くて大きく、立性で収穫しやすい上、丸粒に改良されたタネは機械でまくことができるなど、農業の効率化に貢献しました。このようなF1ホウレンソウの登場により、私たちは一年中ホウレンソウを食べられるようになったのです。
 ただ、成育期間が短くなった結果、細胞の密度が粗くなり、大味になって、「紙を食ってるようだ」と言われるほどまずくなったのも事実です。おまけに、葉緑体による光合成の期間も短いので、葉に含まれるビタミンCなどの栄養価も、固定種の五分の一から十分の一に減ってしまいました。
 周年栽培や収量の増加、そして省力化は、営利栽培にとって、何より大切な要素です。しかし、味の低下や栄養素の減少は、家庭菜園にとっては大きなマイナスです。自分や家族の健康のための家庭菜園なら、ホウレンソウは栽培容易な秋から冬に育て、旬の冬においしく食べる固定種の「日本」や「豊葉」や「次郎丸」のほうが向いています。ベト病が多発して、ホウレンソウを無農薬では作りにくい夏の家庭菜園向きの葉物なら、病気も虫もつかず、栄養豊富な「空心菜」や「ツルムラサキ」、「モロヘイヤ」、「ヒユナ」などがあるのですから。
 ●一斉収穫か長期収穫か
 また雑種の一代目は、メンデルの遺伝の法則で、両親の対立遺伝子の中の優性(顕性)形質だけが現れて、劣性(潜性)形質は隠れてしまいます。そのため、できた野菜は、ほとんど同じような形状に揃って、個体差がありません。工業製品のように均一に揃った野菜は、箱詰めして出荷する際、規格外として捨てられてしまう生産ロスを少なくします。形や大きさや重さを規格通り揃えて箱詰めされた野菜は、買付けて販売する流通業者にとっても、いちいち計量する手間が省けて便利です。(固定種の時代の野菜は、大きさがまちまちだったため、重さを量って一kgいくらで販売していました)そのため、大手市場に出荷するために共選する野菜産地やJAが農家に指定するタネは、F1に席巻されてしまいました。LMSなどの規格優先で、市場に届いた野菜が、表示された規格通りちゃんと揃っていることが、産地の評価に直結する時代になったのです。またF1は、一週間ずつ時期をずらしてまけば、一週間おきにまいたタネがすべて一斉に出荷できます。収穫した野菜を規格毎に揃える必要がなくなったのは、農業の省力化にとってなによりの福音でした。「雑種強勢」で生育速度が早まった上、メンデルの法則で個体差なく成長するようになった野菜は、畑を早く空にして次のタネをまくという土地の効率利用も可能にしました。限られた土地を年に何回転できるか計算できるということは、経営計画が立てられるということですから、F1が日本農業を近代化したと言ってもいいでしょう。
 逆に、家庭菜園にとっては、まいたタネがすべて同時に収穫期を迎えるということは、大変困ったことです。野菜の成長速度はイコール老化速度でもありますから、収穫が遅れた野菜は硬くなったりスジばったりして、おいしく食べられません。そこで近所や親戚に配って回って、またタネからまき直しするはめになります。その点固定種は、同じ両親から生まれた兄弟でも、背高のっぽやおちびさんや太っちょがいるように、個体差がありますから、生育速度に幅があります。早く大きく育った野菜から収穫していくと、おくての子が空いた隙間で成長するので、畑に長く置けて、野菜本来の味を長期間楽しめます。流通している野菜が、F1という雑種ばかりになったいま、スーパーに並んでいる「小松菜」という名の野菜で、昔ながらの本当の「小松菜」は一つもありません。茎が太くて葉が厚いのは「小松菜」と「チンゲンサイ」との雑種で、葉の色が黒く濃いのは「タアサイ」との雑種。葉がちぢれている「ちぢみ小松菜」というのは「ちぢみ菜」との雑種です。どれももちろん「小松菜」の味ではありません。葉も茎も柔らかくて繊細な昔の「小松菜」の味は、江戸時代から続く固定種の「小松菜」でしか味わうことができないのです。
 ●固定種は自家採種で強くなる
 種苗会社の生存競争は、野菜産地のシェア争いです。産地を多く獲得した品種が売上を伸ばし、経常利益を確保して経営を安定させます。家庭菜園相手の売上など微々たるものにすぎません。ですから、産地の要求に合わせたF1品種の改良が日夜欠かせません。産地では、周年同じ野菜ばかり作っていますから、連作障害を防ぐため、まず畑やハウスの土を土壌消毒して更新します。産地での野菜作りは、毎年、クロールピクリンなどの土壌消毒剤の毒ガスで細菌や線虫、雑草のタネや虫の卵など、有用微生物も含めて生き物を皆殺しにする作業から始まります。ガス抜きしたら化学肥料を混和して、種子消毒されたF1のタネをまきます。芽が出たら予防のための農薬を定期的に噴霧し、それでも虫や病気が出たら、それぞれの特効薬で防除します。これが産地の慣行農法です。ただ病害を防ぐため常に農薬散布をしていると、病原菌がどんどん耐性を獲得して強くなったり、外国から新しい病害が侵入してくることもあります。こうなると既存の薬剤は効きません。また最近の低農薬化の風潮で、F1のタネそのものに新しい病気への耐病性を持たせる試みも始まっています。遺伝子組み換えなどの技術で細菌やウイルスが増殖できないようにしようという方向です。最近のF1新品種開発の目的は、産地で常に発生する新病害への抵抗性品種の育成であると言っても過言ではありません。その結果、「家庭菜園用」とわざわざ表示してあるF1のタネというのは、実は、産地で使われなくなってしまった、ちょっと昔の耐病性F1品種だったりしています。
 ところで、「F1は病気に強い」とよく言われますが、本当にそうでしょうか。
 F1の両親のそれぞれは、実は単純な遺伝子しか持っていません。多様性を持った多くのタネの中から、たった一個体ずつが増殖されたクローン間の雑種と思っていいでしょう。遠縁の、遺伝子が単純化されたクローン同士だから、雑種強勢が働いたり、生まれた雑種の子が均一に生育するのです。ある病気が産地に蔓延すると、その病気に耐病性もつ因子を片親に取り込み、雑種になった子どもにも発現するようにしたのが、耐病性F1種子で、耐病性を持っていない病気にあうと、固定種よりもろいものです。固定種は、日本に伝来する以前に、世界中を旅してきていますから、世界中のさまざまな病気の洗礼を受けており、その過程で、さまざまな病気に対する免疫を獲得した個体が含まれていることが多いのです。
 例えば、一九七九年に北海道農業試験場が発表した「フラヌイ」というF1タマネギは、固定種の「札幌黄」の中から乾腐病抵抗性を持つ一系統「F316」を選び、その花粉を、アメリカから導入した、ある程度乾腐病抵抗性を持つ雄性不稔タマネギ「W202」にかけたF1なので、普及当初は乾腐病の発生は抑えられていました。しかし、乾腐病病原菌も生き残るために変異を重ね、しだいに「フラヌイ」を冒すようになりました。そのため、七年後の一九八六年、「札幌黄」の別系統「OPP-1」を選んで、再度雄性不稔の「W202」にかけたところ、新しくなった乾腐病に抵抗性を示すF1「ツキヒカリ」が生まれました。このように、F1が病気に強いといっても、親に選ばれた固定種が持っていた耐病性以上に強くなるわけでなく、元の固定種は、自家採種が繰り返されたことにより、地域で変異を重ねた病害菌にも抵抗性を獲得していたのです。つまり固定種は、気候風土に合わせ、どんな病気にも対応できる可能性を秘めています。地域外から固定種のタネを取り寄せ、栽培開始した初年度はあまりうまく育たないものが多くても、栽培した中でいちばん良くできた野菜から自家採種して、そのタネを翌年まくと、どんどんその土地に適応して、無農薬でも、時には無肥料でも、病気にかからず大きく育つ野菜に変化していきます。固定種のタネは、選抜と自家採種によって、土地に合ったタネを産み、土地がそれをまた新たに育んでくれるのです。固定種のタネを販売するとき、お客様がタネ採りすることを嫌がらないようにしましょう。F1育種が隘路にはまったとき、そのタネが、日本の農業を救う日が来るかもしれないのですから。(2011.2.4)

第二回(通巻13号=2011年6月号=掲載)

 ●固定種の品種は、一粒一粒が個性的
 固定種の種のインターネット販売をしていると、「苗はないか」と、電話で尋ねられることが多い。取り扱っていないので、 「野菜苗は荷造りが難しく、通販に向いていない」とか、「固定種の種で苗作りをしてくれる農家がいない」と言って断っている。 どちらも事実だが、固定種で作った苗は、小売販売に向いていないというのが、正直な答えだ。
(続きは、9月号発行後に掲載予定)

ひとりごと
最初電話で依頼を受けた時は、一回こっきりのはずだったが、「もう一回」「もう一回」というわけで、
現在、三回目の原稿を書かなければならなくなっている。改めて、前にどんなことを書いたのか、見直す
必要ができたのを機会に、この『種の話あれこれ』に再録することにした。しかし、読者ってどんな人?
(2011.7.28)

〒357-0067 埼玉県飯能市小瀬戸192-1 野口のタネ/野口種苗研究所 野口 勲
Tel.042-972-2478 Fax.042-972-7701  E-mail:tanet@noguchiseed.com


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