以前「交配種(一代雑種/F1)と固定種の違い」と題したページを作ってから、3年が過ぎました。
その後も種苗業界の交配種指向の流れは激しく、「スーパーやホームセンターに並んでいるタネは、そのほとんどが固定種です」などとのんびり認識していた部分など、ほとんど現実にそぐわない状況になってしまいました。
(メーカーにとって利益が出るのは毎年確実に売れる交配種だけで、「貴重な原種だから」と固定種を維持しようとしても、人件費などで一品種あたり約100万円もかかり、正規ルートで種苗店に売れるのが数万円単位。何年か使って、種苗店に売れなくなったヒネ種を、スーパーなどに並べる置き種屋に全量ディスカウント処分しても、まったく採算がとれないそう。従って、海外採種で原価も安くなり、大量に送られて来てしまう交配種を、交配種などと表示せず(一般の家庭菜園の人はF1なんて言葉も知らないから)原価が下がった分、安く小袋詰めして少しでも多く売ったほうが、在庫を圧迫せずロスも出ないとか。そう言えば、ここ1,2年で「F1」とか「○○交配」と袋やカタログに表示している大メーカーが、だいぶ少なくなってきました)
以前のページを部分訂正するより、もっと広く深く「種の世界」を掘り下げて、稿を新しくしたほうが、一般農家や家庭菜園の人が、日常使っている交配種や消えつつある固定種への理解がより深まるかも知れない。と思ったので、「その2」を書くことにしました。
自家採種をしてみたいという方にも参考になるように、当店のメイン採種品のカブを例にとって、全体の構成を、
1.珍しいカブを見つけたら
2.固定種として育てる方法
3.交配種として育てる方法
と、項を分け、できれば最後に「4.交配種の作り方いろいろ」として、アブラナ科以外の交配種は、どんな方法で作られているかまで書いてみたいと思っています。(アブラナ科以外は門外漢なので、半端知識で間違いを書くかも知れず、まだ迷っていますが)
(2003.8.16)
まず、ここで言う「珍しいカブ」とは、「外国産など地域外の珍しいカブ」のことではなく、「自分の畑で作っている見なれたカブの中に、自然交雑か突然変異で見たこともない変わったカブ(俗にオバケと言っていますが)が出現したら」ということですので、お間違いなく。(笑)
アブラナ科固定種の採種しかしていない当店ですので、まずは身近な採種品であるアブラナ科野菜の小カブと小松菜を例に、固定種と交配種の育種方法の違いをお話しようというわけです。カブと小松菜だけでなく、菜の花の咲く野菜ならどれにも共通する話ですので、もし「カブも小松菜も嫌いだ」という方がいらっしゃったら、白菜なり、チンゲンサイなり、お好きな菜っぱに置き換えてお読みくださいますようお願いいたします。(笑)
小カブを筆頭に、固定種野菜の採種を続けている当店にとって、一番怖いのが、他のアブラナ科野菜との交雑です。小カブの種をまいたはずなのに、もし小松菜が生えてしまったら、翌日からうちは種屋として生活できなくなってしまいます。
交雑を防ぐために、山の上の小さな集落で、「ほかの菜類の花を咲かせないよう」集落全部の人にお願いしながら、一地域一品種ずつのアブラナ科野菜の種を採種しているのですが、それでも数万株に一株ぐらいオバケが出ます。
こじんまりしたカブの葉の中に、一目で分かる雑種強勢で、勢いよく伸び上がっているのは、集落の人が畑に取り残して花を咲かせてしまった結球白菜との交雑株で、出来損ないの不細工なカブの根の上に、野生化した山東菜のような葉がくっついているという形状がほとんどです。こんなのは、小カブの母本選の際に、何も考えず抜き捨てるだけなのですが、今までに一度だけ、「これは!」と驚いた、見事な「新種野菜」と、言っていいようなオバケに出会ったことがあります。
それは、小カブ(♀)に、小松菜(♂)の花粉がかかった、「小松菜カブ」と言っていいようなもので、カブは大きく見事な豊円形で、葉は均整のとれた黒葉の立派な小松菜。異種交雑の当然の結果として、発現した雑種強勢の恩恵を受けて、葉軸は太くしまり、豊かな葉先を持って振り回しても、びくともしません。
「これ、使えるかも知れない」と、父に言い、「ただ、味はどうかな?」と、食べてみてもよし、鉢上げして隔離栽培して採種してみてもよし。と、家に持ち帰ってみたのでした。
で、結果なのですが、何も言わず母本選ではねられた小カブの山の隣に置いておいた「それ」は、何も聞かされてない母によって、はねだし小カブといっしょに近所に配られたか、小カブにまぎれてうちで調理され、その夜の味噌汁の実になってしまったか、翌朝気が付いた時は、消えておりましたとさ。(爆)
あれから20数年。「どうせまたいつか出会えるだろう」との思いは、見事に空振りで終わっています。自然交雑であんな見事な新種の萌芽に出会えるなんて、多分、めったにない僥倖だったのでしょう。
「もしあの小松菜カブが今手元にあったら、どういう方法で育てたら、新種を生みだせるのか?」
その後の知識を元にシミュレーションしてみることで、一般的に売られているタネの成立ちを、わかりやすく解明してみようかな。と、思ったわけです。
と、いうわけで、以下
2.固定種として育てる方法
または
3.交配種として育てる方法
に、続きます。
[ひとりごと]
あの頃は、「これからは F1 に手を出さないと食っていけなくなる。でも、うちには小カブしか素材が無い。
うちのカブにかけあわせるいい素材がないかな」と、思っていたのですが、
例えこの小松菜カブが手元に残っていたとしても、財力も技術力もない当店の力では、
F1 新品種として世に問うことはできず、珍しい地方品種=固定種=として細々と売るだけだったでしょう。
〒357-0038 埼玉県飯能市仲町8-16 野口のタネ/野口種苗研究所 野口 勲
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