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「野菜の種、いまむかし」

第一回「カブとナッパの物語」

掲載誌『野菜だより』2008/盛夏号/P96,97
2008.6.16/学習研究社刊 \920.(税込)

◆ 土を耕して種をまく。これが農業の基本です。                    ◆
◆ 農業の基本は、まず種にあると言ってもいいでしょう。それほど大事な種ですが、    ◆
◆ 農薬や肥料、土作りには細心の注意を払うこだわりの人たちも、            ◆
◆ 種に関しては、ほとんど注意を向けていませんでした。                ◆
◆ 生産地が外国ばかりになり、種子消毒済の種ばかりになって、             ◆
◆ はじめて昔の種と変わっていることに気付いた人も多いことでしょう。         ◆
◆ これから一年間、野菜のおおまかな分類ごとに、種にまつわるお話を書いてまいります。 ◆
◆ まずはじめは、カブと、ナッパを含む日本のアブラナ科伝統野菜と海外採種の話です。  ◆

 ナッパは、アメリカやヨーロッパには無い。と言ったら、驚く人も多いのではないでしょうか? 試しに和英辞典で、「ナッパ」や「菜」の英語を調べてみてください。「greens」と出ますね。手元のアメリカの「The Vegetable Gardener's BIBLE」を見ると、「greens」の項には、ルッコラ、エンダイヴ、マスタード(カラシナ)、トレビス、それにアカザ科のオレチぐらいしか載っていません。小松菜や山東菜、野沢菜やチンゲンサイなど、私たち日本人にとって、野菜の代名詞と言ってもよいナッパは、欧米には無いのです。
 辞書によっては、「菜種」という項目が付随していて、「rape」という物騒な英語が出て来ることもあります。菜種は、正確にはレイプシードと言います。家庭菜園で一般的な肥料の油粕は、「レイプケーキ」(菜種油をしぼったカスです)。菜の花は「レイプフラワー」です。
 レイプとは、西洋油菜(Brassica napus)のことで、日本のナッパたち(Brassica rapa)とは、染色体の数も違う異品種です。欧米では、西洋油菜を食用として利用せず、菜種油を機械油として利用したり、家畜の飼料用に使ったりしていました。今、日本の食油原料として輸入された遺伝子組み換えの西洋菜種が、国内各地にこぼれて自生し始めていたり、燃料需要が世界的に増大した結果、値上がりして食用油やマヨネーズの価格アップが問題になっています。ナッパの国・日本は、もっと身近なナッパを食用油に利用し続けるべきだったのではないでしょうか?
 西洋油菜は、もともと小麦畑のやっかいな雑草だったそうですから、旺盛な繁殖力がレイプという名の語源になったのかと思いましたが、ものの本によるとそうではなく、ラテン語の「Rapa」、つまり現代イタリア語の「カブ」が、語源だそうです。
 カブもナッパも、植物としての学名は「Brassica rapa」です。ナッパもハクサイも、もとはカブから生まれたのだそうです。カブこそナッパの親、ハクサイの祖先なのです。

 さて、カブの原産地は、地中海沿岸と言われています。東にたどったカブは、中国で葉が改良されて山東菜や結球白菜に変化しました。それより以前、日本にたどりついたカブは、奈良時代に朝廷の庇護を受けて、五穀についで重要視され、全国各地に多種多様な伝統カブを生み出しました。
 うちで販売している伝統カブの種だけでも、北から北海道の大野紅カブ、山形の温海(あつみ)カブ、岩手の暮坪カブ、新潟の寄居カブ、東京の大長カブ、長野の木曽紅カブ、滋賀の日野菜や万木(ゆるぎ)カブ、京都の酸茎菜や聖護院大カブ、大阪の天王寺カブ、奈良の今市カブ、島根の津田カブ、博多の据りカブなどなど多士済々です。
 世界の植物学者から「日本はカブの第二の原産地」と言われるくらい、日本はカブ王国だったのです。また、カブはナッパの親ですから、いろいろなナッパと自然交雑して、カブ菜と言われる根がカブ状のナッパも生み出しました。天王寺カブと信州の地野菜が交雑して生まれた野沢菜はその典型です。
 地中海生れのカブが西に渡ったヨーロッパでは、カブはこれほど進化しませんでした。ロシア民話「大きなカブ」は、日本でも有名ですが、キリスト教社会では、カブやダイコンなどの根菜類は、農奴や家畜の食糧として、低く見られ続けて来たようです。

 うちでは、今年も自慢のカブ「みやま小カブ」の種採りが始まりました。昨年の九月に種をまき、十二月にいったんできたカブを引き抜いて選別し、植え直して四月に菜の花を咲かせ、種が熟したら抜いて乾燥し、ゴミを除いて販売します。一昨年までは、種まきから箕でゴミを除くまでのこうした作業を、ほとんど採種農家に頼んでいました(種採り株を選ぶ選別作業だけは、私たち種屋がしますが)。採種農家が住む「交雑するおそれのない山間地」は、生業を育林に頼って来た林業地帯です。それが今や安い外国材に押されて、若い人はみんな都市に流れ、老人所帯だけになってしまいました。
 最後の採種農家の老人が昨年亡くなった後は、種を採り続けるためには、山間地の畑を借り、自分で畑を耕して、種まきからゴミの除去まで、すべて自分でするしか、国内で種を採る方法がなくなってしまいました。
 現在、国内で販売されている種の多くは海外採種になっています。日本のカブやナッパなど見たこともない外国の農家の手で、種が採り続けられていることには、危機感を持たざるを得ません。
 しかし、そんな中でも明るい話があります。最近、若い日本の農業者の中から「種を見直そう」「日本の野菜の種を自家採種して地域に残そう」という動きが生まれつつあります。中には、無肥料栽培で種を採り、無肥料無農薬で育っていた時代の、生命力の強い、昔のおいしい野菜に戻そうと実践している、埼玉の関野幸生さんたちのグループも生まれています。カブやナッパの古くて新しい旅が、また始まろうとしているようです。[2008/5/25記]


追記
掲載誌『野菜だより』のバックナンバーが入手できないという声をいただいたので、ここに再録します。
現在書店で入手できる号は掲載しませんので、お近くの書店にてお求めください。
(2009.3.25)

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