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「野菜の種、いまむかし」

第九回「キャベツの話」

掲載誌『野菜だより』2009/冬号/P68,69
2009.10.16/学習研究社刊 \920.(税込)

  キャベツがヨーロッパで誕生したのは12〜3世紀といいますから、日本では鎌倉時代のことです。地中海沿岸原産の結球しないケールの中から、1150年頃にドイツで結球するキャベツが生まれ、その後イギリスで赤キャベツや縮緬キャベツが生まれて、ヨーロッパ全土に広がったそうです。日本には、幕末から明治初期に渡来しました。
 ヨーロッパの冷涼な気候で育ったキャベツは、春まきして秋に収穫するのが普通の栽培方法でした。そのため、まず北海道の春まき野菜として定着し、東北や長野など夏涼しい地帯に広まりました。しかし、関東・関西の平野部や西南暖地では、夏の高温多湿時に腐りやすく、夏越しが困難でした。そこで、冷涼地以外では、秋まきして小さい苗で冬を越し、春になってから大きく育って初夏に結球する作型が定着しました。輸送力に乏しい戦前までの暖地のキャベツは、水田の裏作として秋に種まきし、五、六月に八百屋さんに並び、田植え後は姿を消す、季節限定の野菜だったのです。現在のように全国で一年中キャベツが食べられるようになったのは、トラック輸送の進歩と、品種改良技術の賜物です。
 輸入種時代の秋まきキャベツには、中生(なかて)の「サクセッション」や早生の「アーリースプリング」などさまざまな品種がありましたが、これらをかけあわせ、日本の気候に合ったものが固定されて、現在の三季まき「中生成功」や、「富士早生」などの春キャベツに進化しました。また、戦時中台湾の葉深氏から秋谷良三が譲り受けた「葉深(ようしん)」は、耐暑性が強く冷涼地でなくても春まきが可能なため、戦後のF1時代の育種素材として貴重な存在となっています。
 北海道に伝わった春まきキャベツで現在も固定種として残っているものに「札幌大球(だいきゅう)」があります。元来は「レイト・フラット・ダッチ(Late Flat Dutch)」という輸入種で、重さ10kgにもなる巨大キャベツとして農業雑誌に取り上げられた時は、うちにも注文が殺到しました。北海道以外では、やはり秋まきして初夏に収穫する作型が良いようです。
 世界最初のF1キャベツは、昭和13(1938)年に篠原捨喜(しのはらすてき)が作り、サカタが発売した「ステキ甘藍」でした。「サクセッション」を栄養繁殖で自家不和合性にした母親株に、不和合性でない「中野早生」の花粉を交配した一代雑種です。世界の農業史に輝く成果でしたが、第二次世界大戦中の種苗統制法施行により、広まることなく消えてしまいました。
「自家不和合性」というのは、キャベツなどのアブラナ科野菜に顕著な特性で、自分の雄しべの花粉では、雌しべが受精しないことをいいます。自分の花粉では種をつけないため、隣りに異品種を植えておけば、一代雑種の種子が採れるわけです。「ステキ甘藍」の場合は、脇芽を栄養繁殖で増殖して母親株のクローンを多数作ることで、販売可能な数量のF1種子を採種できたわけです。
 戦後の昭和26(1951)年、タキイ種苗の伊藤庄次郎らが中野早生系の「大峰(おおみね)甘藍」と「サクセッション」とのF1キャベツ「長岡交配一号」を作りました。戦勝国のアメリカでも注目を浴び、オール・アメリカ・セレクションズ(AAS=全米種苗審査会)で第一席金賞を受賞します.この「長岡交配一号」で使われた自家不和合性個体の増殖方法が「蕾受粉」です。
 幼い蕾をピンセットで開き、同じ株の成熟した花を採って花粉を付けると自家不和合性が働かず、一個体のクローンをたくさん生産することができる技術で、こうして採種された種は、すべて同じ遺伝子ですから、何千何万と畑にまかれても、クローン同士では種を結びません。固定種「大峰甘藍」の中のたった一個体から殖やされたクローンと、「サクセッション」の一個体を殖やしたクローンを並べてまくと、「大峰甘藍」を母親に、「サクセッション」を父親にした一代雑種と、「サクセッション」を母親に、「大峰甘藍」を父親にした種子との二種類の一代雑種の種が実ります。混ざってしまうと異なった二種類のF1が出てしまい、均一な野菜の種として販売できませんから、母親役として必要なほうだけ残し、役目を終えた父親役の「花粉親」のほうは、種が実る前につぶしてしまいます。 手先の器用な日本女性による蕾受粉という技術は、まさに日本のお家芸でした。数十年後、二酸化炭素利用に代わるまで、蕾受粉は、ハクサイ、カブ、ブロッコリーなどすべてのアブラナ科野菜をF1に変えていきます。
 実は今、F1キャベツの種の生産方法が、今までの「自家不和合性利用」から「雄性不稔利用」へと、大きく変わりつつあります。
 例えば、サカタのタネのカタログを見ると、キャベツのページに「金系201」という品種と、「金系201EX」という品種が並んでいます。この末尾にEX(エクストラ)と付けられたのが、新しく開発された雄性不稔利用技術による新品種なんだそうです。タキイ種苗のカタログだと、品種名の最後にSP(スペシャル)と付いているのが雄性不稔のF!です。(SPとは花粉嚢=sporangia=の略という説もあるようです)
 どちらのカタログにも「EX(SP)は、今までの品種より揃いが良い」と書いてあります。つまり、生育時のバラツキがより少なくなり、市場出荷に際して、選果場で振い落とされる(つまり金にならない)キャベツがより少なくなったとうたい、価格もそれまでの品種より高くなっています。でも「雄性不稔利用」とは一言も書かれていません。(まあ今までの自家不和合性利用にもまったく触れていなかったのですが)こうして生産者も、流通業者も、もちろん消費者も、誰もなんにも知らないうちに、野菜の中身(つまり遺伝子)が変わってしまっているのです。
 雄性不稔利用のF1は、母親株を花粉が出ない雄性不稔株に変えています。(この雄性不稔因子は、ダイコンから取り込んでいます)雄性不稔とは細胞の中のミトコンドリア遺伝子の異常ですから、雄性不稔の母親から生まれた子ども(つまりできたキャベツ)は、みんな花粉が出ない雄性不稔です。
 タマネギ、ニンジン、トウモロコシ、ネギ、ダイコンなどに続いて、キャベツも子どもを作れない野菜に変わりつつあるのです。


『野菜だより』連載「野菜の種、いまむかし」次号(12月16日発行新春号)は、「ホウレンソウの話」です。[2009.12.19]

追記
掲載誌『野菜だより』のバックナンバーが入手できないという声をいただいたので、ここに再録します。
現在も書店で入手できる号は掲載しませんので、お近くの書店でお買い求めください。
(2009.3.25)

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