(1)なぜ交配種で作った野菜は均一にそろうのか?
メンデルの法則によります。
メンデルの第一法則「優劣の法則」により、異なる形質を持つ親をかけ合わせると、その第一代の子(F1=雑種第一代)は、両親の形質のうち、優性だけが現れ、劣性は陰に隠れます。あらゆる形質でこの優性遺伝子だけが発現するため、交配種野菜は、一見まったく同じ形にそろいます。
反面、交配種野菜からタネを採ると、優性形質3に対し、1の割合で隠れていた劣性形質が現れます。(メンデルの第二法則「分離の法則」)野菜の場合、発芽速度、草丈、葉色、根群、果色はじめあらゆる形質で劣性遺伝子が分離して顔を出すため、F1から自家採種したF2世代は、見るからにバラバラの野菜になってしまいます。(F3世代は当然もっともっとバラバラになります)
念のため付け加えると、ここで言う優性と劣性とは、どちらかがもう一方より優れた性質であるということではありません。異なる二者をかけ合わせた時、表面に出るほうを優性、隠れるほうを劣性と解釈するだけですので、お間違えないよう。
例えば、黒髪の日本人の男性と、金髪の北欧の女性が結婚すると、二人の間には、すべて黒い髪の子供が生まれます。これは、金髪より黒髪が、遺伝子として比較したとき優性だということですが、金髪より黒髪のほうが優れているということではありません。当然ですよね。(笑)
(人間に置き換えると理解しやすい時は、今後も人間に置き換えて例示することにしましょう)
(2)なぜ交配種の野菜は生育が早く収量が多いのか
雑種強勢の効果です。
人間でもそうですが、近い親戚同士などで近親婚をくり返していると、やがて生命力が衰え、体格も貧弱になってきます。これを近交弱勢または自殖弱勢と言います。
対して、人種や国籍が異なるなど、遺伝的に遠い組合せで結婚すると、両親より大きく、逞しく、丈夫な子が生まれます。この効果は、両親の遺伝形質が遠く離れていればいるほど、顕著に現れます。これを雑種強勢(ヘテロシスまたはハイブリッド・ビガー)と言います。
(1)の、均一性をもたらす優性遺伝子の働きがF2以後効果がなくなるように、雑種第一代(F1)に現れた雑種強勢は、その子(F2)、孫(F3)と、世代を重ねるごとに、染色体の減数分裂によってその力を弱めます。トウモロコシでは、近縁のF1同士をかけ合わせたF2世代になって、初めてこの雑種強勢が出るなどという特異な例もありますが、市販されている交配種が最も強健で、以後だんだん弱くなるというのは同様です。
このように一代雑種の利点は、異なる二品種(またはそれ以上の組合せ)の親から生まれた一代目の子にしか現れませんから、種苗会社は、異なる親のそれぞれを毎年維持し、販売用種子を生産し続けるために、毎年同じ組合せで交配し続けなければなりません。
(3)自分の花粉でタネをつけないために
一代雑種の雑種強勢効果は、種をつける母親株の雌しべに、異なる品種の雄しべの花粉が付いて受精した時だけ現れます。同一品種の雄しべの花粉が、雌しべに付いた時は、当然ですが「優性の法則」も「雑種強勢効果」も現れません。
野菜の花の中には、キュウリやトウモロコシのように雄花と雌花が一株に別々に咲くもの(雌雄異花)、ホウレンソウのように雄株と雌株が別々に育つもの(雌雄異株)、ナスやナッパのように小さな花の中に雄しべと雌しべが同居しているもの(両全花)など、いろいろな花があります。それぞれの花の形体や性質によって、毎年販売するための交配種を、毎年効率良く生み出すための生産技術が、いろいろ工夫されてきました。
その工夫とは一言で言うと、「自分の花粉ではタネをつけないようにする工夫」です。つまり、雄しべや雄花、雄株を取り除く「除雄(じょゆう)」という技術や、自分の花粉では実らなくする「自家不和合性の発現」(これについては小カブのページで書きましたが)という技術や、「雄性不稔」という、人間にも時々起こる無精子症のように、男性機能が不能になった突然変異株を見つけて母親株に利用する技術などです。
むりやり人間の話に置き換えるとしたら、日本人の家庭から父親や男兄弟を取り除き、代わりに、人種の異なる外国の男性を送り込んで、日本人の妻や娘との間に、子を持つことを許されない、一代限りの逞しい戦士を、毎年生ませ続けようとする技術…と、でも言いましょうか。(笑)
以後、除雄の方法のいろいろを手始めに、作物ごとに、実際の作業の様子を探っていきます。
「2.除雄のいろいろ」「3.自家不和合性と雄性不稔」「4.遺伝子組換えの利用」と続く予定です。
[ひとりごと]
以前、「交配種と固定種」というページを作り、あるメーリングリストで「うちは固定種中心の時代遅れのタネ屋です」と
自己紹介したら「素人だって交配して品種改良している。交配に否定的な物言いするなんてタネ屋として失格ではないか」
と、言われてしまった。(笑)「品種改良のための交配と、販売種子を生産するための交配技術とは別です」と返事したが、
果たして分っていただけたかどうか? ずっと気にして、交配種(F1)について一度ちゃんと書いておこうと思ってました。
種の世界と言うのはまったくブラックボックスで、誰も何も知らないうちに、毎日食べている野菜の中身が変わっていく。
(小松菜にチンゲンサイを交配した野菜が、昔の小松菜と同じわけがないのに、タネも野菜も小松菜として売られている)
「これでいいんだろうか?」と、思っている種苗業界人は、決してぼくだけでは無いと思うのだが。(2003.9.28)